創業由来

創業由来

藤原鎌足十代の裔、為憲が伊豆の伊東にて伊東姓を名乗り後世、宮崎の日向に移り、1695年有馬清純と共に丸岡藩に来り福井の豪商山田屋に奉公、辛苦の後、享保2年、柳町通りに店を建て、味噌醤油業を創めた。山田屋は当時より、紙山田と呼ばれ、奉書を武家に納める北陸一の豪商で、昭和初期まで呉服町通りで名を馳せていたが、此の店から、独立した者に山崎屋の屋号を与え、取扱商品は他の店と競合しない物を定め、チェーン組織化していたので、どの店も繁栄して、近年まで、福井市内に5店程残っていたが、紛らわしいので、夫々店名を変え、当店は、「山さきや」と書くことにした。
 初代山崎屋宇平は、山宇と称し、福井城の通用口の柳門から城内の武家に高品質の醤油を納入していたので、鴨狩の帰路の藩主に、火入の香りの良さを認められ、玉醤油と名付けられたので、欅の厚板に墨書し軒に吊して使用、後世永く伝えられ角が丸くなって、文字丈が浮き上って残っていたが、昭和23年の震災で焼失したのは残念でした。
 ニ代、三代と着実に家業を繁栄させ、四代目は町名主となり、享和元年伊東卯兵衛を名乗り、1864年、五代目は、17才で卯兵衛を襲名、弘化、嘉永、安政、万延、文久、元治、慶応、明治17年までの日本の政治の激動期を45年間、能く耐えて家業を維持、六代に家督を譲り8年後歿した。
 六代目幾久次郎は、文久元年隣家に生れ伊東家に入り、19才で結婚、25才で相続したが、生来進取の気風鋭く、博識で卓見を有し、営業も大いに業績を上げ、政財界に尽カ、欧州にも旅して見開を広めた。
 ページトップ図は、明治20年発行の福井商工便覧(福井の豪商50店を紹介)の一葉です。

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